税金の税という字は禾と兌で作られています。禾は作物の意味、兌は抜き取る。つまり、作物を年貢として抜き取るという意味です。
昔、中国で出来た稲を年貢として役人に、抜き取られていたところから作られた漢字でしょう。
その税が、日露戦争の時代には戦費調達で、増税に次ぐ増税が行われました。困った民衆に、税金の相談相手として登場した職業者たちが現在の税理士の源流となったようです。
明治も終わりになって税務代弁者という制度が出来、警察が免許証の交付をすることとなりました。
昭和17年に税務代理士法が制定されました。
時は移って、太平洋戦争のによる戦費調達のため大量の赤字国債が発行され、戦後は物凄いハイパーインフレとなり、ものによっては200倍にもなりました。
東西冷戦の最中、米国は、日本をたち直らすため、インフレを鎮めるべく、デトロイト銀行頭取だったドッチが招かれ、ドッチ政策により、ようやくインフレは沈静化されました。
しかし、強烈な財政引締めにより、多数の中小企業の倒産がありました。その頃、税制も民主化のため改めねばという事で、コロン
ビア大学の博士だったシャウプ博士を招き、シャウプ勧告がされ、申告納税制度が導入されました。
ついで昭和26年税務代理士法に代わって、税理士制度の導入がなされました。これが今日に続く税理士制度の始まりです。
昭和36年に法改正が行われ、税理士業務を行おうとする者は、税理士登録を行い、税理士会に入会しなければ、原則として業務が行えないこととなりました。
日本税理士会連合会は、社団法人から税理士法に基づいて設立される団体となりました。
昭和55年にも税理士法改正が行われ、税理士が税務訴訟で補佐人として弁護士とともに出頭、陳述できる制度の創設 、税理士試験の受験 資格要件の緩和、税理士試験科目の免除制度見直し、税理士法人制度の創設、税理士業務に対する報酬最高限度額規定の削除その他の改
正がなされ今日に至っています。
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